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2024年~2025年

第5回

シードストーリーズ24-25(小さな版画展)

2024年12月7日(土) ー12月15日(日)

13:00-19:00 ※最終日17:00まで

定休日:火・水・木​​​

2024年~2025年 第5回 シードストーリーズ24-25(小さな版画展)

例年開催の本展覧会は今年も作家25名の参加を得、全国各地で開催されます。

◎期間限定特価 @9,900円(税込)2025年1月末まで

◎版画作品 限定40部(作家数名は60部)

◎全作品は会期前に閲覧できます。

◎6点以上お買い上げの場合、額縁1点進呈

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陳憶誠展

 

11/2(土)‐11/17(日)

13:00-19:00 ※最終日17:00まで

定休日:火・水・木

陳憶誠

陳 憶誠

Chen Yicheng

台湾国際版画協会 会員

1996 | 台湾高雄生まれ

2023 | 京都芸術大学 大学院美術研究科絵画専攻版画修了

2024 | 第26回鹿沼市立川上澄生美術館木版画大賞 準大賞

          第12回高知国際版画トリエンナーレ展賞候補

          第21回中華民国国際版画ビエンナーレ展優秀賞

          Exchanging Texture (Print Center New York / New York

 

日常メモ

「日常メモ」木版画創作展では、油性木版画の彫り進み技法を用いた作品が展示されている。制作のプロセスでは、同じ木版に毎日少しずつ彫り、摺りを重ねて進行していく。作者はこの過程において特定のルールを設け、語学教科書に見られるような規則的な目を木版に彫り、その中に繰り返し線を刻んでいる。

この作業は、まるで文字を書くような感覚で行われており、作者はすべての文化における「文字」の基本が「線」であることに気づいたことから、自分の「文字」をどのように感じてもらうかを考え、すべての文字を一本の直線に簡略化し、それをシンプルな直線で表現している。観客には、線を理解するのではなく、感覚的に捉えることが求められている。

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柴田若奈展

 

10/12(土)‐10/27(日)

13:00-19:00 ※最終日17:00まで

定休日:火・水・木

在廊日10/14(月)、21(月)

柴田若奈

メッセージ

「コラグラフ」という版画技法を用い、身の周りで見つけたモチーフを描きました。色々な素材を用いて製版するコラグラフの魅力をお伝えできれば嬉しいです。

プロフィール
2016 大分県立芸術緑丘高等学校美術科油画専攻 卒業
2019 國立台南藝術大學 材質創作與設計系 半期留学
2020 愛知県立芸術大学美術学部美術科油画専攻 卒業
2023 京都市立芸術大学大学院美術研究科絵画専攻 修了

 

活動歴
2021 PORTO DI STAMPA 2021(アートゾーン神楽岡/京都・B-gallery/東京)
2022 PORTO DI STAMPA 2022 (アートゾーン神楽岡/京都・B-gallery/東京)
2023 第21回アートギャラリーホーム展(チャームプレミア御殿山参番館/東京)
2023京都市立芸術大学制作展(京都市立芸術大学/京都)
2023 個展『昨日あったこと』(Hideharu Fukasaku Gallery Roppongi/東京)
2024 六角烏丸アートプロジェクト(チャームプレミア六角烏丸/京都)
2025年1-2月金沢湯涌創作の森 アーティスト・イン・レジデンス事業へ参加予定

 

受賞歴
2021 第1回 NAGOYA INNOVATOR’S GARAGE賞 受賞
2021 第46回全国大学版画展 優秀賞
2022 第1回FEI PURO ART AWARD 大賞
2022 第7回星乃珈琲店絵画コンテスト 優秀賞
2022 京都銀行美術研究支援制度 選出
2023 第21回アートギャラリーホーム 日建ハウジングシステム賞
2023 京都市立芸術大学制作展 同窓会賞
2024 京都六角烏丸アートプロジェクト 日本建設賞
2024 第14回大野城まどかぴあ版画ビエンナーレ  まどかぴあ未来賞

コレクション
星乃珈琲店・京都銀行・チャームケアコーポレーション

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SAWAKO KATAOKA

糸鋸で金属パーツを切り出す方法『透かし』で制作したピアス、イヤリング。
真鍮を『腐食』させ模様を施したバングル、ヘアアクセサリー。
シルバーの線から制作した組み合わせて楽しめるイヤーカフ。
など、様々な技法から生まれる金属の表情を楽しめるアクセサリーを制作。

シンプルでありながら印象的なアクセサリーをファッションのアクセントとして楽しんでいただけたら嬉しいです。

 

https://www.instagram.com/sawako_kataoka_accessory/?hl=ja

porto
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荒木珠奈展

 

6月29日(土)~7月17日(日)

13:00~19:00

​※最終日17:00まで

火・水・木定休​

​来廊日29日

荒木珠奈

私の作品には舟、椅子、蛇、虹、蝶、サーカスなどのモチーフが繰り返し出てきます。
近年、北米とメキシコの間で渡りをする蝶々たちに、移民や自分の姿を重ねて描いています。
蝶が羽を広げたようなテントは、避難所、隠れ家の象徴としてこれまでも作ってきましたが、最近ではそのテントが灯台のようなイメージも持ち始めました。
混迷の続くこの世界でも、遠くに光る一筋の光を見たいという願いからかもしれません。
今回は銅版画に加え、*セラミック(陶器と磁器)の立体作品を展示いたします。

 

 

荒木 珠奈(あらき たまな)

Tamana Araki

東京都出身。

メキシコ留学時代に版画の技法に出会い、90 年代から、版画、立体作品、インスタレーシ ョンなど幅広い表現の作品を発表。

ワークショップを通じて、こどもやメキシコの先住民などさまざま な人々と共同で作品制作も行う。

現在はニューヨークを拠点に、自身のペースで活動を続けている。

https://studiotamana.com/

1991 年武蔵野美術大学短期大学部卒業

1993-94 年メキシコ国立自治大学美術学部/サン・カルロス大学院(聴講生)

1997 年武蔵野美術大学造形学部卒業(学士)

2004-05 年メキシコ国立エスメラルダ美術学校(招待作家/ポーラ美術振興財団在外研修員)
現在ニューヨークを拠点に活動

 

主な個展
1999 年「うち」Gallery Jin(東京)
2008 年「MAM プロジェクト 008:荒木珠奈」森美術館ギャラリー2(東京)
2018 年「インプリントまちだ展 2018 荒木珠奈 記憶の繭を紡ぐ」 町田市立国際版画美術館(東京)
2022 年 「Itinerant Eyes」Culture Lab LIC(ニューヨーク)
2023年 うえののそこから「はじまり、はじまり」荒木珠奈展 東京都美術館(東京)

 

主なグループ展

2002年「Traces, Imprints and Tales: Japanese Contemporary Art Draws From Tradition」Kerava Art Museum(ケラヴァ)
2009 年「City_net Asia 2009」Seoul Museum of Art(ソウル)
2019 年「MOT サテライト 2019 ひろがる地図」東京都現代美術館(東京)
パブリックコレクション
武蔵野美術大学 美術館・図書館、浜田市世界こども美術館、東京都現代美術館、町田市立国際版画美術館

TKO国際ミニプリント展2024

第3回TKO国際ミニプリント展2024

[東京→京都→大坂]
 

6月8日(土)ー6月16日(日) 
13:00~19:00 ※最終日17:00まで

火・水・木 休み

4年ぶり、3回目開催となる本展は40ヶ国、238作家、410点の応募がありました。
別紙のように東京会場での展示を終え、第2会場は京都・アートゾーン神楽岡で開催いたします。

各国の多彩な版画表現をぜひご覧ください。

西村

『20世紀のアートの流れを版画で振り返る』9

戦後のアメリカを核にして新潮流


デビット・フォックニー
ドナルド・サルタン
ナンシー・グレーブズ
A.R.ペンク

 

4月19日(金)~4月21日(日)

13:00~19:00

火・水・木定休​

2月から4月にかけて毎週末に表記テーマで展覧会を開催してまいりましたが今回で最終です。

是非ご覧ください。

デビット・フォックニー ドナルド・サルタン ナンシー・グレーブズ A.R.ペンク

デヴィット・ホックニー

David Hockney

1937-

英国のブラッドフォード生まれ。ロンドンのロイヤル・カレッジ・オブ・アート在学中に若手現代芸術家展に出展しポップアート運動に参加しましたが作風は表現主義的でした。63年から画商を通じ作品を発表するようになり、同年ニューヨークに渡り、64年からロサンゼルスに、気候風土を気に入り長期滞在することになりアクリル素材でプールを描いた作品群を制作しました。これ以降、各地を旅行して回りロンドン、ニューヨーク、エジプト、中国等にも長期滞在して制作しています。彼は様々な素材を利用しており、油彩以外にクレヨン、スナップ写真をコラージュしたフォト・コラージュ、版画(銅版画、リトグラフ等)、さらに80年以降になると業務用コピー、ファックス、デジタル画像の利用など先端技術を果敢に取り入れ多彩な表現に挑戦し、大画面の作品も多く制作しています。今世紀最も高名な作家でしょう。

ドナルド・サルタン

Donald Sultan

1951-

米国ノースカロライナ州アッシュビル生まれ。画家、彫刻家、版画家です。趣
味で絵を描く両親のもとに育ち彼も興味がありました。73年ノースカロライナ大学卒業後、アート・インスチチュート・シカゴで学びました。在学中、通常の絵画素材や器具では満足せず、工業用素材や機具、特にエナメルやビニールタイルなどで大型サイズの作品を創り始めました。77年以来各国の画廊で紹介され、また、ホーストン、シカゴ、ロスアンゼルス、ブルックリンなどの美術館でも展覧会が開かれました。又彼の作品はアメリカの主要(Moma,メトロポリタン、ボストン、シカゴなど)な美術館に収蔵されています。また、受賞歴も多数。現在も活躍中です。

ナンシー・グレーヴズ

Nancy Graves

1940-1995

米国マサチューセッツ州ピッツフィールド生まれ。バークシャー博物館館長だった父親の元、彼女は博物館の収集品に親しみ、自然科学、歴史、文化研究などの分野に興味を広げ、彼女が芸術への道に進むのに大きな影響を与えました。ヴァッサー大学、イエール芸術建築学校に進学し、64年に奨学金を得て、パリやフィレンツェ等に訪れました。当地の解剖学者の蝋人形に注目、視覚美と自然界の組み合わせに触発されラクダの彫刻を作りました。この活動が評価されホイットニー美術館で女性最初の個展が開かれました。以降、彫刻に古生物学的、人類学的イメージを盛り込む作品を創りました。また、70年以降映画製作も行いました。一方、絵画制作として、リソグラフ、スクリーンプリント、モノタイプ、銅版画など版画制作も極めました。彼女の大きなテーマは自然環境と人類とのかかわりで、初期はラクダの骨格から作成した立体物、映画でのラクダの行動の記録や航空写真の取組、版画では月の地図などで独特の空中風景を作成しました。癌のため55歳で亡くなりました。

A.R.ペンク

A.R.Penck

1939-2017


本名はラルフ・インクラー(Raif Winkler)。奈良美智のドイツ留学中の教授。画家、版画家、彫刻家、ジャズのドラマー。ナチス支配下のドイツのドレスデンに生まれ。敗戦後共産圏東ドイツで、独学で絵画を学び、東ドイツで頭角を現し68年初個展をケルンで開催しました。彼の絵画は洞窟壁画を思わせる原始芸術の影響を受けたもので独自の図像言語を用いた棒状の人物表現で知られ、新表現主義の先駆者のひとりと言われています。80年に西ドイツに亡命し、バゼリッツ、リヒター、インメンドルフらと共にデュッセルドルフ芸術アカデミーで教鞭をとりました。当時留学していた奈良美智はA.R.ペンクに師事しました。また、ジャズ・ドラマーとしても有名で80年代には世界的ミュージシャンと共演しました。

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『20世紀のアートの流れを版画で振り返る』8

戦後のアメリカ

ポップ等多様な表現


ロイ・リキテンシュタイン
フランク・ステラ
リチャード・エステス
ソル・ルイット


4月12日(土)~4月14日(日)

火・水・木定休​

 

2月から4月にかけて毎週末に表記テーマで展覧会を開催します。是非ご覧ください。

第9回

4月19日(金)~4月21日(日) 

新表現主義等

A・R・ペンク、サルタン、ナンシー・グレーブス、ホックニー

以上、ご来場をお待ちしています。​

ロイ・リキテンシュタイン フランク・ステラ リチャード・エステス ソル・ルイット

戦後のアメリカ
第2次世界大戦後、アメリカを中心に50年代に抽象表現主義、60年代にポップ・アート、70年代にミニマルアート、スーパーリアリズム、その後にコンセプチュアル・アートなどの絵画運動が次々に起こりアート表現が多様化、活性化していきます。

 

ロイ・リキテンスタイン

Roy Lichtenstein

1923-

ニューヨーク生まれ。40年、オハイオ州立大学美術学部進学、49年修士号を取得。以降大学講師をしながら制作、60年代初頭に漫画表現のインパクトに気づき、事物を太い輪郭で平面として描き、色彩も三原色で、陰影はドットの大小で表現しました。第2次世界大戦後、大量生産と大量消費の時代の広告メディアを取り上げたアンディ・ウォーホルと共に、漫画という大衆文化を絵画の素材して扱うこの手法は、ポップアートの旗手として世界的な影響を与えました。このポップアートの出現は50年代の抽象表現主義の全盛に対するアンチの運動で、既製品をそのまま使用する「ネオダダ」や反芸術運動に同調するものでした。

フランク・ステラ

Frank Stella

1936-

アメリカのボストン生まれ。54年にプリンストン大学に入学し美術史を学びました。卒業後、ジャスパージョーンズの作品「旗」を観て感銘し、ブラック・シリーズの制作を始めます。この初期作品はミニマル・アートの先駆けとなりました。このシリーズのミニマリズムとは最小限、最低限のモチーフで作品を表現する手法です。59年にニューヨーク近代美術館で開催された「16人のアメリカ作家展」に選出され一躍話題の作家となりました。70年代後半から幾何学的な平面作品から立体的な作品を作り始めました。この作品はさらに進化し立体物を組み合わせた大画面のダイナミックな作品へと変貌しました。日本では千葉県にある川村記念美術館が大きな立体絵画を収集しています。09年アメリカ国民芸術勲章(米国で最も栄誉ある勲章)を受けています。

リチャード・エステス

Richard Estes

1932-

イリノイ州キワニー生まれ、シカゴに移り住みシカゴ美術館の学校で写実主義絵画を研究しました。卒業後ニューヨークに移り出版社、広告代理店などでグラフィックアーティストとして働きながら、60年代に自ら撮影した写真を忠実に再現する絵画形式を確立しました。同方向を目指す画家たちと共にフォトリアリズム(スーパーリアリズム)運動の創始者と見なされています。彼が描くものは、埃など一切無く隅々までクリーンで、日光が差し込み、ガラス窓に他のビルが反射し写り込んでいる建造物風景が多く、照明や時間帯により変化する反射光線など肉眼では捉えきれない細部を表現していて写真以上にリアリティがあります。彼の作品はメトロポリタン美術館など多くの美術館に収蔵されています。

ソル・ルウィット

Sol LeWitt

1928-2007

コネチカット州ハートフォードでユダヤ系移民の両親のもとに生まれました。シラキューズ大学、ニューヨークのスクール・オブ・ヴィジュアル・アーツで美術を学び、以降グラフィックデザインの仕事を経てニューヨーク近代美術(MoMA)の職員となりました。67年に「アートフォーラム」誌にコンセプチュアル・アートの概念を提示しました。この概念は「作家がアイデアやプランニングを事前に用意・決定していることが重要で有って制作行為には意味がない」との宣言です。この宣言は多くの作家に衝撃を与え世界的な広がりを見せました。68年より、自ら関与することなく指示書に基づき第三者に制作を委ね、「ウォール・ドローイング」シリーズを展開し、以降生涯で1200点以上彼の作品として制作されました。ルウィット亡き後も彼の指示書に基づき指定されたドラフトマンの手により制作は継続しています。

『20世紀のアートの流れを版画で振り返る』7

ウィーン幻想派

 

エルンスト・フックス

カール・コーラップ

パウル・ヴンダーリッヒ

アリク・ブラウワ

 

4月6日(土)~4月8日(月)

13:00~19:00

火・水・木定休​

 

2月から4月にかけて毎週末に表記テーマで展覧会を開催します。是非ご覧ください。

 

​第8回

4月12日(金)~4月14日(日) 

アメリカの戦後

ステラ、ソル・ルイット、リキテンシュタイン

 

第9回

4月19日(金)~4月21日(日) 

新表現主義等

A・R・ペンク、サルタン、ナンシー・グレーブス、ホックニー

以上、ご来場をお待ちしています。​

エルンスト・フックス カール・コーラップ パウル・ヴンダーリッヒ アリク・ブラウワ

「ウィーン幻想派」とは
ウィーン幻想派は、第二次大戦直後のオーストリアの首都ウィーンに出現した、奇妙な幻想絵画を描く画家たちの一団である。ウィーン美術学校のギュータースロー教授のもとに集まった5人の若い画家たち-ルドルフ・ハウズナー、ヴォルフガング・フッター、アリク・ブラウアー、アントン・レームデン、エルンスト・フックス-の作品は、お互いに主題も技法も問題意識も大きく異なっていながら、細密描写と鮮烈な色彩によって具象的なイメージを描いている点、幼少期の記憶や過酷な戦争体験を自己の芸術の下敷きとしている点、社会と人間存在の暗黒を戯画的に描こうとする点などにおいて共通項を持っている。また、ウィーン世紀末芸術やシュールレリスムの正当な後継者であり、西欧美術の中で続いてきた幻想絵画の系譜の末裔でもある。

 

パウル・ヴンダーリヒ

Paul Wunderlich

1927-2010

1927年ドイツに生まれ。

第2次大戦兵役後、ハンブルグの美術学校に入学しリトグラフを学びました。在学中リューベックで個展。51年から60年まで母校でリトグラフを教えるかたわら、マンハイム青年版画展に出品、ドイツ賞を受賞し注目されました。その後3年間パリで制作活動をし、64年にカッセルの「ドクメンタ3」に出品。65年頃から、写真家である妻カリンが撮影した裸婦写真をリトグラフや絵画の素材として用い、かもし出されるエロチシズムをシュールレアリスムやドイツ表現主義の伝統と結びつ
けながら精密な作風で表現しました。68年、東京国際版画ビエンナーレ展で神奈川県立近代美術館賞受賞、ウイーン幻想派グループ系列の作家として取り上げました。

エルンスト・フックス

Ernst Fuchs

1930 – 2015

オーストリアの画家、製図家、版画家、彫刻家、建築家、舞台デザイナー、作曲家、詩人という多彩な作家です。 45年にウイーン美術アカデミーに入学し、ブラウアやハウズナーなどと知り合い、彼らと共にウイーン幻想派を創設しました。ウイーン幻想派はクリムトやエゴンシーレ、またユングの心理学や錬金術などに影響を受け、内面から発露する幻想的イメージを画材としたグループです。また、フンデルトワッサーとも知り合い表現主義のグループとも交流がありました。60年にイスラエルのシオン山に籠り洗礼を受け宗教的イメージを交えた幻想絵画も多く描きました。88年に廃墟となったオットー ワーグナーヴィラを購入しエルンスト・フックス美術館として開館しました。85歳で亡くなりました。

アリク・ブラウワー

Arik Brauer

1929-2021

オーストリアの画家、版画製作者、詩人、ダンサー、歌手で舞台演出家など多彩な顔を待った作家です。ユダヤ系の父を持ち、少年期にナチスによるユダヤ人迫害や強制労働を体験しました。戦後、 45年にウィーンの美術アカデミーに入学、翌年よりギュータースローに師事しました。55年にユダヤ系女性と結婚し、自身の名をドイツ語のエーリヒ(Erich)からヘブライ語で「神のライオン」を意味するアリク(Arik)に変更。56年、ウィーンで初めての個展を開催しました。 1960年
代から本格的に絵画制作に取り組み、以後パリ、ウィーン、イスラエルを拠点に活動しました。1980年代以降はウィーンの分離派美術館など国内外の美術館で展覧会が開催され画家としての評価を確立しました。

カール・コーラップ

Karl Korab

1937~2003

オーストリア・ウイーン生まれ。
1937年オーストリアのファルケンシュタインで生まれ、8歳の年に第2次世界大戦が終りました。その後、ウィーン美術学校に学びました。彼の初期作品には幼児時代の戦争体験が現れたり、ギザギザの幾何学的な都市景観が現れています。50年代後半にウィーンに移り住み、エルンスト・フックス等と出会いました。58年ヒューガー・メダルとマイスターシュール賞を受賞、さらに翌年フックスが主宰するが画廊で最初の個展も開いています。その後多くの受賞を重ねました。仮面や人物の顔だけを拡大し、それと無関係なものを並置させて異様な風景を現わす等、シュールな作風の幻想派の影響がみられます。現在、彼の作品はウィーンのストラバグ美術館などで展示・収集されています。

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『20世紀のアートの流れを版画で振り返る』5

 

抽象表現の世界的動向1

ロバート・マザウエル、サム・フランシス        

アントニー・タピエス、アントニー・クラーベ

 

3月15日(金)~3月18日(日)

13:00~19:00

火・水・木定休

 

2月から4月にかけて毎週末に表記テーマで展覧会を開催します。

是非ご覧ください。

尚、次回⑥は「抽象表現の世界的動向 その2」です。

ロバート・マザウエル、サム・フランシス         アントニー・タピエス、アントニー・クラーベ

抽象表現の世界的動向1
20世紀中期、第2次世界大戦後、フランスにアンフォルメル、北欧にコブラ派、アメリカに抽象表現主義、日本でも具体美術が生まれ、同一傾向のムーブメントが世界的に起きました。今回は欧米を取り上げます。

 

ロバート・マザウェル

Robert Motherwell

1915-1991

ジャクソン・ポロックらと共に米国抽象表現主義を代表する作家です。
カリフォルニア美術大学、スタンフォード大学、コロンビア大学等で絵画、哲学、美術史を学びました。

コロンビア大学では亡命中のロベルト・マッタ等に出会いシュルレアリズムを知り、潜在意識を記録するオー
トマティズム手法を学び制作し始めます。

それはアメリカの前衛運動となる抽象表現主義の基礎理論となりました。

44年に作品がMOMAにコレクションされました。

これ以降ジャクソン・ポロック、マーク・ロスコらと共にアメリカ前衛芸術グループの中心人物として活躍します。

妻はヘレン・フランケンサーラ。

日本の和紙にも関心を寄せ和紙を使用した作品もたくさん残しています。

サム・フランシス

Sam Francis

1923-1994

カリフォルニア州サンマテオ生まれ。

第2次世界大戦中、飛行訓練中に事故に遭い入院中に絵を描き始めた。

回復後、大学で絵画と美術史を学び、50年にパリにわたりデビューをした。

アンフォルメルや抽象表現主義の流れの作家であるが、57年に来日し日本の美に魅了され、余白を生かした画面構成、にじみを生かした表現方法などを取り入れた。

ニューヨーク、パリ、東京にアトリエを構え、勅使河原蒼風等日本の文化人とも広く交流した。

出光美術館にも多く彼の作品が収蔵されている。

アントニ・タピエス

Antoni Tapies

1923-2012

スペイン・バルセロナ出身。

バルセロナ大学で法律を学ぶも画家の道に進みます。

ミロやクレーの影響を受けシュルレアリストたちの会に入りますが、50年にパリでアンフォルメル(不定形の芸術)を知り、大きく影響を受けました。

長い試行錯誤の上、土や砂を混ぜ込んだ絵具で深みのある画面構成をするに至り、怒りや絶望を表現する工夫もしました。

53年にサンパウロ・ビエンナーレ優秀賞受賞以降、数々の賞を取りアンフォルメルの作家として注目されるようになりました。

70年以降はオブジェについて追及し、立体的で壁に掛けられる作品も多く作成しました。

90年にタピエス財団を設立し若手芸術家を支援しました。

また、東洋の文化も深く研究し、同年高松宮殿下記念世界文化賞も受賞しています。

アントニ・クラーベ

Antoni Clave

1913-2005

バルセロナの美術学校で学びました。

初期はボナールなどの影響を受け絵具とコラージュを組み合わせたような情緒的な作品を創っていました。

スペイン内戦が始り難民としてパリに逃れ、イラストレーターとして働きました。

40年、パリで最初の個展をしました。

また、彼の演劇デザインが映画、演劇、オペラ、バレエのセット等に利用され舞台美術の権威として活躍、さらに60年から彫刻的浮彫り、アッサンブラージュなどにも取り組みました。

晩年は完全な抽象的表現になり、表現豊かな線を使用し、コラージュ、オブジェ、陰影、質感、色の境界を追求し評価を受けました。

シュルレアリズムやアンフォルメルの中心人物でもなく、運動を牽引した人物でもないですが版画の作風は抽象表現主義の
ものが大変多いです。

 

『20世紀のアートの流れを版画で振り返る』6

抽象表現の世界的動向2

 

デビュッフェ

フンデルトヴァッサー        

アペル

アレシンスキー

 

3月22日(金)~3月24日(日)

13:00~19:00

火・水・木定休

2月から4月にかけて毎週末に表記テーマで展覧会を

開催します。是非ご覧ください。

尚、次回7回は「ウイーン幻想派」です。

デビュッフェ フンデルトヴァッサー         アペル アレシンスキー

抽象表現の世界的動向②
20世紀中期、第2次世界大戦後、フランスにアンフォルメル、アメリカに抽象表現主義が生まれましたが、プリミティブな筆遣いのコブラ派、精神障害を負う人たちや幼児達の生の絵画アール・ブリュット等、内発的衝動的絵画を追及するムーブメントが世界的に起きました。

 

カール・アペル

Karel Appel

1921-2006

オランダ・アムステルダム生まれ。

19歳からアムステルダム王室美術学校で学び、46年に初個展を行いました。

ピカソやマチスやデビュッフェの影響を受け、原始的でエネルギッシュに満ちた原色の人物像などを描きましたその中で、絵画仲間を集い、北欧を拠点とする芸術家集団「コブラ」を結成し中心人物として活躍しました。

50年にはパリに移転し、以降各国で展覧会を開き国際的名声を得ました。

また、美術評論家ミッシェル・タピエに出会い抽象絵画運動のアンフォルメルにも参加しました。

絵画以外に色彩豊かな巨大レリーフ、ポリエステルで色彩豊かなユーモラスなオブジェ、壁画、版画などにも挑戦しました。

70年以降ニューヨークに移住し活躍をつづけました。

ピエール・アレシンスキー

Pierre Alechinsky

1927 – 現存?

ベルギーのブリュッセルに生まれ、中等教育時から美術学校に通い、挿絵や本の装幀や版画を学びました。

47年に個展を行いましたが、その時にプリミティブな作風で注目されていたコブラ派グループに誘われました。

以降、57年コブラ派解散後もそのアクティブな表現手法を継承し、伝統的絵画にとらわれない絵画表現を模索していきました。

模索の過程で日本の前衛書道の書物に出会い衝撃を受け、27歳の時に来日します。

日本では書道関係者に出会い、書道家の身体的動きに注目し、体全体を動かして描く書の動作を取り入れました。

また書の前衛的な形象や、コミックの間取り手法も取り込んだ作品をたくさん残しました。

その作風は抽象、具象でもなく筆の力に任せた筆力で描かれた心象画の様です。

ジャン・デビュッフェ

Jan Dubuffet

1901-1985

フランスのルアーブルに生まれる。
父母の稼業はワイン卸商でした。

親の意向もあり1918年に法律を学ぶべくパリに出ましたが、画塾にも通いました。

古い芸術感覚になじめず迷っていたところでアンドレ・マッソンなどに出会い新しい芸術に目覚めます。

しばらくワイン会社を経営しながら描いていましたが事業が軌道に乗ると絵画活動に専念し始めました。

44年に画廊の勧めで個展を開きましたが、その特異な絵画に賛否両論がわき、大評判になり完売しました。

46年には砂、アスファルト、ガラス片などを混入した厚塗りの絵画を発表するなどアンフォルメルの動きを牽引する作家となりました。
一方、精神の深淵の衝動が表出されている精神障碍者の作品に出合い感動し収集しました。

それらをアール・ブリュットと呼び、以降、素人の絵や、幼児の絵などをも評価する運動を展開しました。

フンデルトヴァッサー

Hundertwasser

1928-2000

オーストリアのウイーン生まれ。

38年、10歳の年にナチス・ドイツがオーストリアを併合、母がユダヤ人だったためにユダヤ人街に追いやられ地下生活をはじめ、恐怖の日々を少年時代に過ごしました。

第二次世界大戦後、画家を志しスケッチブックを片手に旅立ちました。

北アフリカで、赤土でできた伝統的家屋で生活し自然と共に暮らす原住民の生き方に共感し、「自然には直線は無い。すべて曲線でおおわれている。」とし自然への畏敬の念を唱え、直線を一切使用しない渦巻状の形状で埋め尽くされた数々の作品を生み出しています。
自然回帰の主張は、自然と人との共生を提唱した環境活動家でもあり、サステナビリティの先駆者です。

建築でも「自然回帰」を取り込み、ウイーン市内に曲線を多用したユニークな建築物を数多く残しました。

日本にも彼が設計した建築物が大阪市の舞洲にあります。

 

『20世紀のアートの流れを版画で振り返る』①~⑥迄終わりました。次回⑦以降は下記日程で行います。

 

第7回  4月6日(土)~4月8日(月) ウイーン幻想派

フックス、ブラウアー、コーラップ、ヴンダーリヒ

 

第8回  4月12日(金)~4月14日(日) アメリカの戦後

ステラ、ソル・ルイット、リキテンシュタイン

 

第9回  4月19日(金)~4月21日(日) 新表現主義等

A・R・ペンク、サルタン、ナンシー・グレーブス、ホックニー

 

以上、ご来場をお待ちしています。

 

『20世紀のアートの流れを版画で振り返る』

中南米の巨匠

ルフィーノ・タマヨ

ビフレド・ラム

ロベルト・マッタ

 

3月8日(金)~3月10日(日)

13:00~19:00

火・水・木定休

2月から4月にかけて毎週末に表記テーマで展覧会を開催します。

是非ご覧ください。

尚、次回⑤は「スペインの抽象表現主義:タピエスとクラーベ」

ルフィーノ・タマヨ ビフレド・ラム ロベルト・マッタ

ルフィーノ・タマヨ

Rufino Tamayo

1899-1991

メキシコ市アオハカ生まれ。

インディオの血を引く両親はタマヨの幼いころに無くなり叔母夫婦に育てられました。

12歳の時に叔母夫妻と共にメキシコ・シティに移り、叔母夫妻は果物商を営みました。

彼は果物の色彩に魅了され、この頃から絵心が芽生え絵葉書を模写したりして少年期を過ごしました。

17年に国立美術学校に入学しヨーロッパ美術を学びました。

21年、リベラの推薦を得て国立考古歴史民俗博物館の職員に採用され、この博物館でスペイン征服以前の芸術に出会いました。

その中に自分が求める創造の源泉があることを発見し、今まで習得したものは全て捨て、メキシコ伝統芸術の魂が根差すアートを目指すことを決意しました。

以降意欲的に制作に励み、26年にニューヨークで油画、水彩画、版画などで初個展を行いました。

当時、リベラやロスコなどにより先導された革命主義的なメキシコ主義(壁画運動)が主流だったがタマヨはそれから一線を画しています。

40年代になってメキシコの色彩「鮮やか、強烈、輝かしい」が顕著になり、形態はより単純化されモニュメンタルになります。

50年代になると現代美術家として世界的評価を得、数々の賞を受け、各国の美術館での個展も相次ぎました。

60年代になるとより抽象化され、人物は記号化され、色彩も単純化しました。

ヴィフレド・ラム

Wifredo Lam

1902-1982


キューバで中国人の父親と、黒人とスペイン系の血を引く母親の間に生まれました。

独立したばかりのキューバは、奴隷だった黒人の末裔や移民の中国人やスペイン人など多国籍国家を形成していました。

そんな環境で育ったラムでしたが豊かな想像力と知性に恵まれ美術学校で学び、24年にスペインに留学しグレコやゴヤなどの影響を受けました。

スペインの内戦で38年にパリに逃げ、ピカソを訪問。

ピカソが収集していたアフリカやオセアニアの彫刻に衝撃を受けました。

ラムはピカソからアフリカの血を引くことに誇りを持つように励まされました。

又、ラムはアンドレ・ブルトン等のシュルレアリストの影響や文化人類学者レヴィ=ストロースのアフリカ系民族宗教の研究などにも影響を受けました。

43年、キューバに帰国後、幼少時代に親しんだアフリカ系民族宗教に再び目を向け、独特のアフリカ系彫像や宗教的図像を描くことで独特の絵画世界を確立していきました。

52年以降、世界各国を渡り歩き自らの絵画領域を発展させるとともに、版画にも力を入れ独特の世界を切り開きました。

ブラックアートはバスキアに先立つラムが先達者と言えます。

ロベルト・マッタ

Roberto Matta

1911-2002
 

チリのサンチャゴ生まれ。

建築家を目指しサンチャゴ・カトリック大学建築科に入学し博士号取得。

34年にパリに移住しコルビュジェ設計事務所に勤務しました。

35年、スペイン旅行中にダリやアンドレ・ブルトンと知り合いシュルレアリズムのメンバーになります。

38年にデュシャンに出会い、39年に第2次世界大戦を避けてタンギー、デュシャンと共にアメリカに亡命しました。

48年フランスにもどりましたがシュルリアリスト・グループともめて除名されます。

しかしアメリカでは高い評価を受け57年にはMOMAで回顧展が開催され、59年にはシュルリアリスト・グループに復帰しました。

マッタは自分自身の作品を「心象風景」「心理学的形態」と呼び、オートマティスムの手法を用い、自分の心象風景を描きました。

50年代には第2次世界大戦で破壊された地球を暗示したような絵画を描いています。

又、宇宙人が地球に飛来したようなイメージの作品もありますが、彼の心象風景であり瞑想から生まれたものでしょう。

95年に高松宮殿下記念世界文化賞を受賞しています。

『20世紀のアートの流れを版画で振り返る』​③

ヘンリー・ムーア

アレキサンダー・カルダー

マリノ・マリーニ

(現代彫刻の先駆者)

3月1日(金)₋3月3日(日)

13:00-19:00

火・水・木定休

 

2月から4月にかけて毎週末に表記テーマで展覧会を開催します。

是非ご覧ください。

次回④は「中南米の巨匠:タマヨとビフレド・ラムとマッタ」です。

ヘンリー・ムーア アレキサンダー・カルダー マリノ・マリーニ

Henry Spencer Moore

1898-1986

英国生まれ


鉱山技師を父に持ち7番目に生まれました。

18歳で志願兵として従軍、退役後リーズ美術学校で彫刻を始めました。

アフリカの民族彫刻に出会い原始的美術に関心を持ち、ブランクーシのプリミティブな彫刻に触発され、直彫りスタイルを確立していきました。

美校の友ヘップワースやベン・ニコルソンとも交流。

1930年代にチェルシー美術学校に迎えられ、ピカソやジャコメッティの影響を受け抽象的作品を創り始めます。

作品のほとんどは体の中心に穴が開いている丸みを帯びた女性像でやわらかい曲線で表現されたものが多いです。

第2次世界大戦が始り、戦争画家に任ぜられ母と子の像が国際的にも高く評価されました。

戦後はニューヨーク近代美術館で回顧展があり、以降各地で個展、パリのユネスコ建造物の依頼等々、数々のパブリックアートの依頼が続き今では世界各地の美術館でムーアの彫刻作品を観ることができます。

日本では箱根彫刻の森美術館等でも所蔵されています。

Alexander Calder

1898-1976

アメリカ生まれ


代々高名な彫刻家の家系生まれ。

若いころは機械工学を学びエンジニアになりましたが、満足できずニューヨークの美術学校に入学し画家を目指します。

ある時サーカスに魅了され、サーカスの動きを題材にして針金を巻いた彫刻を作りました。
その後、機械工学の経験を活かし、針金や木で機械仕掛けの玩具を作り始め、この針金彫刻のサーカス人形を携えてフランスにわたり即興人形劇を上演し、パリの前衛芸術家たちの間で有名になりました。

以降、アメリカとヨーロッパを往復し針金彫刻で名声を馳せます。

30年モンドリアンに出会い、彼の色彩を限定した幾何学的抽象画に衝撃を受け、以降、針金彫刻はシンプルな色彩の機械仕掛けで動く抽象作品へと変化していきました。

この作品にマルセル・ジュシャン「モビール」と命名しました。

さらに壁掛けモビールから天井から吊り下げるモビールへと変化していきました。

39年、新しいMOMAに巨大な作品を展示、以降世界各地で公共空間を飾るパブリックアートを手掛けました。

日本でも滋賀県立美術館で彼のモビール作品を観ることができます。

また、版画や素描も多く手掛けています。

Marino Marini

1901-1980

イタリア生まれ
 

愛知県にあるメナード美術館入口にマリノ・マリーニの彫刻がある。

数十年前にそれを見て、そのシンプルさ力強さに感銘を受けました。

彼はイタリア中部トスカーナ地方のピストニアに生まれ、16歳でフィレンツェ美術アカデミーに入学し素描と油絵に専念しました。

22歳頃から古代地中海、エジプト、ギリシャの彫刻にも目覚め、とりわけ地元のイタリア中部古代エトルリア芸術に惹かれました。

1929年ミラノのヴァラ・レアーレ美術学校の教授に迎えられ、この年に高い評価を得たテラコッタによる彫刻作品を発表しました。

これ以降、「騎手」をテーマとした彫刻作品等で受賞を重ねていきます。

38年結婚、第2次世界大戦勃発、疎開先でジャコメッティなどと交流し、豊饒な女性像の連作、奇跡シリーズなど作品領域を広めていきます。

48年ヘンリームーアと出会い、50年にアメリカ滞在中にカルダー、タンギー、ダリなど多くの芸術家と友情を深めます。

以降、国際的賞を数々受け、パブリックアートも多く、作品は各国で蒐集されています。版画もたくさん制作しました。

『20世紀のアートの流れを版画で振り返る』​2

ピカソとミロとダリ

(キュビズムとシュルレアリズムの先駆者)


2月23日(金)‐2月25日(土)
13:00-19:00
火・水・木定休

2月から4月にかけて毎週末に表記テーマで展覧会を開催します。

是非ご覧ください。

尚、次回③は「立体の巨匠:ムーアとマリーニとカルダー」です。

ピカソとミロとダリ

Pablo Ruiz Picasso

1881-1973

スペイン生まれ


ピカソの名前を知らない人はいない。

生涯で残した作品は油彩等で13,500点、版画10万点、挿絵3万点、彫刻や陶器300点と圧倒的です。

10歳代から才能を発揮し、青の時代を経てキュビズムを創始するなど絵画の革命家でした。

今回は有名なスペイン内戦の悲劇を描いた「ゲルニカ」の基礎となった版画「フランコの夢と嘘」を展示します。

Joan Miro

1893-1983

スペイン生まれ


ミロはシュルレアリズム運動に参加したことからシュルレアリストとされるが彼の描く絵は人物や動物をデフォルメし、色彩豊かな生命感あふれる絵画が多く独特の画風を築きました。

また、絵画以外の分野の職人と共同制作し陶器や彫刻の制作、パブリックアートも多く手掛けました。

また、文学者ヘミングウヘイやヘンリー・ミラー等とも交流がありました。

Salvador Dali

1904-1989 

スペイン生まれ
 

シュルレアリズムの代表的作家です。

幼い時から才能を認められ、パリでアンドレ・ブルトンらに面識し影響されシュルレアリストとなりました。

しかし、軌道を外した行動に「ファシスト的思想」だとブルトンらの逆鱗に触れシュルレアリスト・グループを除名されました。

しかしピカソは彼の才能を評価し援助しましたし、ミロも援助しました。

パラノイヤ傾向のあるダリを最愛の妻ガラはマネージャーとして彼を終生支えました。

妻ガラをモデルとする宗教画的な連作があります。

ダリの故郷のカダケスにはダリ美術館があり、だまし絵と言えるトリッキーな作品が数々あり、ダリの世界を楽しめ人気があります。

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『20世紀のアートの流れを版画で振り返る』

第1回グラフィックアートの先駆け

ベン・シャーンとミッシェル・フォロン


2月15日(木)‐2月17日(土)
13:00-19:00
火・水・木定休

ベン・シャーンとミッシェル・フォロン

Ben Shahn 1898-1969 リトアニア生まれ アメリカで活躍
父は木工職人、母は陶芸職人の間に生まれたが両親ともユダヤ人でした。父は革命運動容疑で逮
捕されロシアに送られるも逃走しアメリカに渡った。8歳の時、父と暮らすため渡米。14歳の時
からニューヨークはブルックリンの叔父の石版画工房で働き始めた。夜間高校、ニューヨーク大
学等を経て1932年ドレフュス冤罪事件などを取り上げたドローイングシリーズを発表、1960年
に来日し第五福竜丸の被爆者をテーマにしたシリーズを発表、1968年『マルテの手記』版画集
を制作した。労働者階級の社会正義や貧しい人々に寄り添った社会性のある作品が多く、日本の
画家やイラストレーターにも大きな影響を与えました。

Jean-Michel Folon 1934-2005 ベルギーのウクル生まれ
イラストレーター、油画、彫刻、版画
ベルギーのサン=リュック研究所で学んだ後、1953年ラ・カンブル国立美術学校入学。1955年
パリに移住。フランスでは注目されませんでしたが、ニューヨークの雑誌社に投稿したドローイ
ング作品が注目採用され、1967年には「タイム」「フォーチュン」誌などの表紙に掲載されま
した。1969年ニューヨークで初個展。カフカ「変身」の挿絵等、その後世界各国で挿絵、壁画
制作、ポスターデザイン、彫刻、版画、セラミック作品など各領域にわたる活躍をしました
。Apple社のジョブス氏はフォロンのファンで初代Macのキャラクターを制作しました。晩年、
フォロン財団ができ芸術教育活動や社会福祉にも貢献しました。

​第4回 新・小さな版画展23₋24
1月13日(土)‐1月21日(日)
13:00-19:0
0(最終日17:00閉店)
火・水・木定休

・小さな版画展23₋24

年末から年始に掛けて毎年開催する本展覧会は今年も作家29名の参加を得、全国16か所(画廊及美術館等)で展開されます。

 

・期間限定特価 @9,900円(税込)~2024/1月末

・版画作品 限定40部(作家により60部)

・全作品は会期前に閲覧できます。

・6点以上お買い上げの場合、額縁1点進呈

アートゾーン神楽岡

〒606-8311

京都府京都市左京区吉田神楽岡町4

13:00-19:00[火・水・木定休]


Tel+Fax

075-754-0155


Eーmail

artzone@iris.eonet.ne.jp

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