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『20世紀のアートの流れを版画で振り返る』9

戦後のアメリカを核にして新潮流


デビット・フォックニー
ドナルド・サルタン
ナンシー・グレーブズ
A.R.ペンク

 

4月19日(金)~4月21日(日)

13:00~19:00

火・水・木定休​

2月から4月にかけて毎週末に表記テーマで展覧会を開催してまいりましたが今回で最終です。

是非ご覧ください。

デビット・フォックニー ドナルド・サルタン ナンシー・グレーブズ A.R.ペンク

デヴィット・ホックニー

David Hockney

1937-

英国のブラッドフォード生まれ。ロンドンのロイヤル・カレッジ・オブ・アート在学中に若手現代芸術家展に出展しポップアート運動に参加しましたが作風は表現主義的でした。63年から画商を通じ作品を発表するようになり、同年ニューヨークに渡り、64年からロサンゼルスに、気候風土を気に入り長期滞在することになりアクリル素材でプールを描いた作品群を制作しました。これ以降、各地を旅行して回りロンドン、ニューヨーク、エジプト、中国等にも長期滞在して制作しています。彼は様々な素材を利用しており、油彩以外にクレヨン、スナップ写真をコラージュしたフォト・コラージュ、版画(銅版画、リトグラフ等)、さらに80年以降になると業務用コピー、ファックス、デジタル画像の利用など先端技術を果敢に取り入れ多彩な表現に挑戦し、大画面の作品も多く制作しています。今世紀最も高名な作家でしょう。

ドナルド・サルタン

Donald Sultan

1951-

米国ノースカロライナ州アッシュビル生まれ。画家、彫刻家、版画家です。趣
味で絵を描く両親のもとに育ち彼も興味がありました。73年ノースカロライナ大学卒業後、アート・インスチチュート・シカゴで学びました。在学中、通常の絵画素材や器具では満足せず、工業用素材や機具、特にエナメルやビニールタイルなどで大型サイズの作品を創り始めました。77年以来各国の画廊で紹介され、また、ホーストン、シカゴ、ロスアンゼルス、ブルックリンなどの美術館でも展覧会が開かれました。又彼の作品はアメリカの主要(Moma,メトロポリタン、ボストン、シカゴなど)な美術館に収蔵されています。また、受賞歴も多数。現在も活躍中です。

ナンシー・グレーヴズ

Nancy Graves

1940-1995

米国マサチューセッツ州ピッツフィールド生まれ。バークシャー博物館館長だった父親の元、彼女は博物館の収集品に親しみ、自然科学、歴史、文化研究などの分野に興味を広げ、彼女が芸術への道に進むのに大きな影響を与えました。ヴァッサー大学、イエール芸術建築学校に進学し、64年に奨学金を得て、パリやフィレンツェ等に訪れました。当地の解剖学者の蝋人形に注目、視覚美と自然界の組み合わせに触発されラクダの彫刻を作りました。この活動が評価されホイットニー美術館で女性最初の個展が開かれました。以降、彫刻に古生物学的、人類学的イメージを盛り込む作品を創りました。また、70年以降映画製作も行いました。一方、絵画制作として、リソグラフ、スクリーンプリント、モノタイプ、銅版画など版画制作も極めました。彼女の大きなテーマは自然環境と人類とのかかわりで、初期はラクダの骨格から作成した立体物、映画でのラクダの行動の記録や航空写真の取組、版画では月の地図などで独特の空中風景を作成しました。癌のため55歳で亡くなりました。

A.R.ペンク

A.R.Penck

1939-2017


本名はラルフ・インクラー(Raif Winkler)。奈良美智のドイツ留学中の教授。画家、版画家、彫刻家、ジャズのドラマー。ナチス支配下のドイツのドレスデンに生まれ。敗戦後共産圏東ドイツで、独学で絵画を学び、東ドイツで頭角を現し68年初個展をケルンで開催しました。彼の絵画は洞窟壁画を思わせる原始芸術の影響を受けたもので独自の図像言語を用いた棒状の人物表現で知られ、新表現主義の先駆者のひとりと言われています。80年に西ドイツに亡命し、バゼリッツ、リヒター、インメンドルフらと共にデュッセルドルフ芸術アカデミーで教鞭をとりました。当時留学していた奈良美智はA.R.ペンクに師事しました。また、ジャズ・ドラマーとしても有名で80年代には世界的ミュージシャンと共演しました。